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日記(昭和4年)

ID
jihi284
目録番号
自筆284
資料名
日記(昭和4年)
作者
南方熊楠
材質
洋紙、墨/表紙、濃緑/洋綴
保存状態
大見出し
自筆資料
小見出し
日記
訳者・編者
巻冊
1冊
装丁
刊行者
刊行地
刊行年
1929
初版年
ページ数
12+416+32+10頁
サイズ
19.7×13.4
日本語名
書入れ
備考1
博文館当用日記 新聞切抜貼付
備考2
【翻刻1】◇五月三十日(木)/[天気]半晴 [寒暖]ややむせる/[本文]朝七時起 原稿かく、九時頃川島氏来る、午後一時前中山氏に渡し文里へもち之き牟婁丸事務長に托せしむ、此時川島氏鈴木真五郎氏つれ来る、大浜波止場より乗船 番所の鼻をまはらんとせしも風浪起り成らず 綱不知にゆき江川の一漁夫今は釣人の渡し船する人漁船と替る 此間スシ サイダー等くれる、此漁夫ものり込み出発 番所の鼻をまはる前大に波をかぶりサイダーびん?覆する、千畳敷を過て明治三十六年夏入りし海洞に入んとするに浪甚しく打入り入る能はず 川島鈴木両氏伝馬を引返す それより千畳敷のこちらなる蝙蝠穴に入り尋ぬれども海蜘蛛なし その近方の洞に入り予は距たりたる岸に立てまつこと一時半斗り海蜘蛛らしきもの八九疋得て出来る、それより鈴木氏外一名は船にて出立 予は川島氏と丘上を歩し鉛山より白良浜に至り神崎屋に見てひやかしそれより白浜を歩する内大江金兵衛氏にあふ 自働車来るにのる、途上芝良、角嘉二氏酔てあるく外一人と三人のり合す、(綱不知に舟を替るとき眼鏡おとせし)会社店に着し川島氏と歩して△ / [予記欄]△帰宅すれば七時過也須川氏も来る 川島氏と共に去る八時半也 毛利氏八時四十分頃来る、十時前去る、此間に鈴木真五郎予のビクもち来る眼鏡なしとのこと 岡やどかり数疋くれる、十一時一同臥す 下女は十一時半、それより進献粘菌を鏡検しはり付く、徹夜す、H / [予記]田辺銀行より百八十円取出す / [発信]朝出す 大崎武之丞 状一    岩倉病院振替貯金百円 / [受信]朝着  ノーツ・エンド・キーリス 四月二十七日分      p. 276に予の問 Q : Filtering Stone ;p. 303に予の答  Folk-Lore of Silver 出づ     大崎武之丞 状一 二十八日午後出       和歌山市東坂ノ上丁五番地    神戸又新日報広告部 五月二十六、二十八両日分午後着 加藤新市 状一 / [欄外]W. Junkへ状出すべし、
備考3
【翻刻2】◇五月三十一日(金)/〔天気〕 半晴  〔寒暖〕 むせる、/〔本文〕昨夜不眠 今朝押通す 毛利氏 七時四十分頃来る、八時川島氏来る、暫くして知事来り 書斎にて話す 此間 北島氏招き来り 知事及び毛利氏より教る所あり、やがて知事秘書と白濱へ自動車でゆく、毛利氏もその方へゆく、川島氏は畠島へ三浦男に逢にゆく、予は原稿書く、十時前中山来り 文里にてとりし海百合一くれる まだ活あり buffにして深tawny紫褐斑と間錯し甚だ美なり、午後 飯尾氏 明日の船の事報じに二度来る、二時四十五分岡野営林署長 島根県日原町へ転任に付 告別に来る、三時頃より書斎に臥し、六時半 須川氏来り 松枝に起さる 須川に歯に薬ぬりもらふ、それより風呂に入り 夕食くふ 此内 石間(いしま)勇次郎氏 昼注文せし粘菌入り木箱(二重)拵え来る九時頃 知事の使 吉岡直次郎氏 知事の書面もち来る、明日神島へ臨幸あるべく 畠島より先にとのこと也返書渡す 下女して北島氏よびにやる、その少し前に川島氏来る、右の箱に粘菌つめ様を松枝に教ゆ 倉皇帰り 三浦男を尋ね 白濱へゆく、次に北島中島二氏来り松枝より右知事の書を示す、その前に予 家を出松場氏え髭そりにゆく、帰れば十一時也、十二時過より粘菌はる、/〔予記〕予眠中 五時頃 田上次郎吉氏来る、[ロシア文字若干]/〔発信〕 [なし]/〔受信〕朝着野口源一 状一 二十九日出安江万亀夫 ハ一  父稲城氏二十八日午前十一時五十五分死去と、W. Junk 書目 一平沼大三郎 電 一 至急ウナ午後五時四五分出目黒駅出六時五八分局着、ゼンレイアリゴセンコウエンジカンノビテサシツカヘナキゴトシヒラヌマ/〔上部欄外〕和歌山市宇須二 同湊広道辺十七、
掲載刊